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ご連絡はコメント欄もしくは
よりご連絡ください。画像の著作権/肖像権等は各権利所有者に帰属致します。第2回「科学準備室の京子さん」久美子一年生の春のお話です。
「なあなあ知ってる? 科学準備室の京子さんの話」
 昼食中。母の作った弁当の中身を久美子が箸でつついていると、緑輝は嬉々としてそんなことを語りだした。その隣では葉月が売店で買った焼きそばパンを頬張っている。
「京子さん?」
「そ! 京子さん!」
 久美子の問いに、緑輝がぶんぶんと首を縦に振る。動きに合わせて柔らかな髪が上下に震えた。陽に透けて明るく輝くそれを一瞥し、久美子は首を傾げた。
「誰それ? 葉月知ってる?」
「知らんなあ、有名人?」
 葉月の質問に、緑輝が首を捻りながら応える。
「有名人っていうか……お化け?」
「はあ?」
 突拍子もないその台詞に、葉月が胡乱げな視線を送る。彼女の内心を察したのか、葉月が口を開く前に緑輝は勢いよく捲し立てた。
「緑だってほんまには信じてないよ? でも、みんな見たって言ってるんやもん。もしかしたらほんまに京子さんはいるかもしれんやん」
「いやいや、いるかいないか以前にそもそもその京子さんとやらが何者か知らんから」
「どういう噂話なの?」
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 時計に視線を送りながら、久美子は尋ねる。昼休み終了まであと残り十五分もある。どうせやることもないのだから、他愛ない噂話に付き合うのもいいだろう。
 興味を持たれたことが嬉しかったのか、緑輝がその口元を綻ばせた。
「これはね、サックスの先輩が言ってはった話やねんけどね。夜に先輩の友達が北校舎を歩いていたら、なんか青白い光がぼわーって見えたんやって。ほんで、その光が気になってそっちに向かって行ったら、なんと科学準備室から変な光が漏れてるの! それでドアの隙間からそろーって教室を覗き込んだら、いきなり髪の長い女の子がこっちを見下ろして、『次はお前だー!』って、いきなり叫んできたんだって」
「へえー、それでどうなったん?」
 葉月の問いに、緑輝がキョトンとした顔をする。
「え? これで終わりやけど」
「ええ? その先輩はそっからどうしはったんさ」
「なんか怖くなってそのまま走って逃げたんやって。緑もただの噂だと思ったんやけど、目撃してる人が結構いるみたい」
「その叫んだ女の人が京子さん?」
「そう。胸元に名札つけてたらしいよ」
「名札って……」
 葉月が呆れたように頬を掻いた。本来北宇治高校の校則では、プラスチック製の名札を胸元に付けることになっている。しかしそのデザインがあまりにもダサいため、実際につけている生徒はほとんどいない。
「なんでまたお化けが几帳面に名札つけてんの」
「きっと生前は真面目な生徒やったんやろうね、若いのに死んじゃって可哀想」
「いやいや、まだお化けって確定してないから」
 大体、久美子はお化けなどという非科学的な存在は信じないことにしている。というか、信じたくない。小学生の時に井戸からお化けが出てくる映画を見て以降、久美子はホラーの類が苦手なのだった。怖いテレビ番組を見てしまった日などは、背後に気配を感じる気がしてなかなかシャワーを浴びられない。
「でもでも、そんな時間に学校いるって不思議でしょ? お化けやなかったら何者なんかなー」
「うーん、学校に紛れ込んだ不審者とか」
「そっちのほうがお化けの百倍怖いわ」
 久美子の推理に、葉月が呆れた様子で言う。緑輝は腕を組みながらうんうんと唸っていたが、何かを閃いたように突然その手をポンと打ち鳴らした。
「ねえねえ、せっかくやし京子さんについて調査してみようよ」
「調査?」
 葉月は怪訝そうに緑輝の方を見る。また妙なことを言い出したわ、とでも考えているのだろう。自身の考えに興奮しているのか、緑輝の瞳が大きく見開かれる。
「そう! 自主練習って確か夜までOKやったよね。何時ぐらいまでセーフなんやったっけ?」
「確か今の時期は特例で八時までは良かった気がする」
本来ならば規定の部活動の終了時間を守らなければならないのだが、吹奏楽部はサンフェスの本番が近いために特別に夜までの自主練習が許可されていた。
 久美子の言葉に、緑輝が笑みを深める。
「よーし! 今日の夜、みんなでその科学準備室に行ってみいひん?」
「えー、めんどくさ」
 いつもならこういうイベントに乗り気なはずの葉月が、今日は珍しく消極的だった。緑輝が首を傾げる。
「もしかして、葉月ちゃんお化け怖いの?」
 図星だったのか、葉月の顔が一瞬にして朱に染まる。
「こ、怖ないわ! あほなこと言わんといて」
「じゃあ決まりね。久美子ちゃんも来てくれるやんな?」
 そう言ってにっこりと笑顔を見せられては、断れるはずもない。久美子は緑輝のこの顔に弱いのだ。
「う、うん。分かった」
「やったー! それじゃ、今日決行やからね!」
 緑輝が勢いよく両手を振り上げた時、ちょうど昼休みを終えるチャイムが鳴った。葉月が慌てて手に残っていた焼きそばパンの残りを口に放り込んでいる。それを横目で見ながら、久美子は思った。これは随分とやっかいなことになってしまったな、と。
 放課後の部活の活動時間が終わり、校舎はしんと静まり返っていた。教師たちもとっくに帰っており、灯りが点いているのは吹奏楽部の部室である音楽室ぐらいだろうか。
 八時近くになるとさすがに残っている部員はほとんどおらず、音楽室はひっそりとしていた。授業形態へと戻された教室の、その一番奥の席に座り、久美子はユーフォニアムに息を吹き込んだ。
「うーん、やっぱり夜になると人がいないねえ」
 コントラバスの弦を指で弾きながら、緑輝がこちらへと話し掛けてきた。外は既に暗く、どこからか虫の鳴き声が聞こえてくる。窓の隙間から吹き込む生ぬるい風が、カーテンを不気味に揺らしていった。
「ほんまに行くつもりなん?」
 露骨に嫌そうな顔をして、葉月が尋ねる。その腕に抱えられたチューバには、大きく伸びた彼女の姿がくっきりと映し出されていた。緑輝がにこにこと笑顔をまき散らしながら、大きく首を縦に振る。
「ここまで来たら行くに決まってるやん。ね、久美子ちゃん」
「う、うん」
 同意を求められ、久美子は思わず頷いてしまった。葉月が恨みがましい目でこちらを見てくる。久美子は楽器を床に立て掛けると、葉月の肩を軽く叩いた。
「緑がここまでノリ気なんだし、観念しなよ」
 その言葉に、葉月はがっくしと肩を落とした。
 校舎は暗く、あちこちで非常口を示す誘導灯が緑色に燃えている。久美子達は足音を殺し、静かに夜の学校を進んでいく。周りをキョロキョロと見回す葉月とは対照的に、緑輝の足取りに一切の迷いはない。
「科学準備室って遠いねんなー」
「音楽室からは離れてるからね」
 窓に映り込む自分の姿すらなんとなく不気味に感じる。久美子は無意識の内に自身のセーラー服の袖を握り締めた。
「あ、そういえばうちトイレ行きたかってん」
 そう言って、葉月が女子トイレの前で足を止めた。前を歩いていた緑輝が振り返る。
「それやったら外で待ってるね」
「いやいや、そんな薄情なこと言わんといて。中までついてきてよ」
「もう、しょうがないなー」
 緑輝が肩を竦める。その視線が久美子の方へと向けられた。
「久美子ちゃんはどうする?」
「私は外で待ってるよ」
 夜の学校のトイレなんて、怖くて入りたくないし。そんなことを内心で考えながら、久美子は緑輝へと笑いかける。
「じゃあ、久美子ちゃんはここで待っててね」
「うん、分かった」
 ひらりと手を振る久美子の前を青い顔をした葉月が通り過ぎていく。
「夜のトイレってなんか不気味やんかー、嫌やわー」
「はいはい、ついてってあげるから文句いわない」
 二人が女子トイレへと消えていくと、辺りは急に静まり返った。しんとした静寂が空気の中に溶けている。廊下の向こう側は暗く、暗闇がぽっかりと口を開けているように見えた。何だか一人で立っているのか心細くなって、久美子は意味もなく自身の袖を指先で引っ張ったりしてみる。その時、不意に耳が微かな音を拾い上げた。
カツン、カツン
 耳を澄ますと、その音はどんどんとこちらへと近付いて来ているのが分かった。唾を呑み込み、久美子はじっとその方向を凝視する。
「……誰ですか」
 意を決して、暗闇に向かって声を投げかけてみる。すると、ぴたりとその足音が止まった。窓から漏れる僅かな光、そこにほっそりとした足が現れる。誰かいる。そう、久美子は確信した。しかし暗いせいで、その上半身はさっぱり見えない。紺色のスカートが微かに揺れる。短めの白いソックス。間違いない、この学校の制服だ。緊張のせいか、口の中がやけに乾いていた。久美子はそこに縫い付けられたかのように立ち尽くしたまま、ただ恐る恐る声を発する。
「あの、京子さんですか」
 その問いに、少女は答えない。ただ、よくよく耳を澄ましてみると、彼女が漏らす吐息に啜り泣く音が混じっていることに気が付いた。
「あの、」
 久美子がそう声を掛けた瞬間、背後からがたんと大きな物音が鳴り響いた。ハッとして、咄嗟に久美子は振り返る。
「もう、葉月ちゃん怖がりすぎやって」
「だって怖いねんもん、しゃあないやん」
 どうやら先ほどの音はトイレの扉が開いた音だったらしい。ハンカチで手を擦りながら、葉月と緑輝がこちらへとやって来る。
「お待たせー」
「久美子、どうしたん怖い顔して」
「いや、さっき女の子が――」
 そう言って先ほどの方向へと指をさすが、そこにはもう何もいなかった。もう、と葉月が頬を膨らませる。
「なんもないやんか。久美子ったらうちを怖がらせる気やな?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
「あかんよ久美子ちゃん! そんな冗談言ったら葉月ちゃん泣いちゃうから」
「泣かへんわ!」
 どうやら完全に冗談だと思われているようだ。久美子は自身の目を擦ってみる。確かに、そこにはもう誰もいない。もしかしたら何かの見間違いだったのかもしれない。じっとりと手のひらにかいた汗をスカートにこすりつけ、久美子は静かに息を吸った。
「さ、今度こそ科学準備室へゴー!」
 緑輝はそう言って、意気揚々と歩き出す。葉月と久美子は顔を見合わせ、慌ててその後を追った。
 科学準備室へとたどり着くと、確かにその窓からぼんやりと青白い光が漏れていた。
「噂は本当やったみたいやね」
 緑輝は興奮した様子で目をキラキラさせている。
「えー、もうやめようや」
 怖気ついたのか、葉月が緑輝のセーラー服の裾を引っ張っている。久美子は先ほど見た女子生徒のことを思い出す。やっぱり、あれが噂の京子さんだったのだろうか。噂話は本当なのか。
 科学準備室の扉はきっちりと締め切られている。耳を澄ますと、中から何やらゴソゴソと物音が聞こえてきた。間違いない、誰かいる。
「これ絶対やばいって、やめとこう」
 葉月の顔色はあからさまに悪い。しかしそんな彼女の制止も耳に入ってこないのか、緑輝は嬉しそうな顔で扉の方を指差した。
「ねえねえ、開けてみていい?」
「嫌やって」
「ここまで来たんやもん、このまま帰るなんてもったいないやん」
 そう言って、緑輝は扉の取っ手へと手をかけた。彼女が力を込めようとしたその刹那、扉が独りでに動き出した。突然、中から人影が飛び出してくる。
「次はお前だー!」
 ギャーっと、甲高い悲鳴を上げたのは葉月だった。咄嗟のことで、久美子はただ息を呑むしかない。すっかり取り乱す二人とは対照的に、緑輝が興奮した様子で叫んだ。
「あー! 京子さんだ!」
 その台詞に、久美子は恐る恐る目の前の人物へと視線を送る。そこに立っていたのは、一風変わった容姿をした少女だった。まず目に付いたのは、ボサボサの長い髪だ。フレームのない丸い分厚い眼鏡に、長いスカート。履いているカラフルなソックスは、右と左でデザインが異なっている。その胸元には、白いプラスチック製の名札が付けられている。確かに、そこには木山京子と刻まれていた。
 顔色は確かに健康的とは言えないが、足もしっかりあるし幽霊であるとは思えない。どうやら奇妙な噂話の原因はこの人物にあるようだ。
 京子はじろりとこちらを見下ろすと、その髪を大げさな動きで掻きむしってみせた。
「あー? なにちんたらつったってんだ? お前らも採寸に来たんやろ?」
「採寸?」
 思いもしない単語に、思わず久美子達は顔を見合わせた。
「もう、京子ったら何やってるん?」
 京子の背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。その人物に、緑輝がはしゃいだような声を漏らす。
「香織先輩!」
 香織はこちらを見ると、驚いたように目を見開いた。彼女はトランペット担当の三年生だ。その美しい容貌と優しい性格で、部員みんなから愛されている。
「低音の子達やね? どうしたん? こんな時間に」
「先輩こそどうしたんですか?」
 久美子がそう尋ねると、香織はにこりと目を細めて見せた。
「今、サンフェスの衣装どうするか決めてたの」
 ほら、そう言って香織は教室の中を指さした。そこにあったのは、巨大なプロジェクターだった。青白い画面には、いくつかの衣装パターンの画像が映し出されている。窓から漏れていた光はこの画面のものだったようだ。薄暗い教室の中では数人の先輩達がパンフレットを見ながら、ああでもないこうでもないと話し込んでいる。
「なんで教室をこんなに暗くしてるんですか?」
「明るいとプロジェクターが見にくいでしょう?」
「それにしてもここまで暗くせんでも」
 葉月が呆れたように呟いた。
 その隣で、緑輝が勢いよく手を上げる。
「あの、この京子さんというのは一体誰なんですか?」
「あー?」
 京子はじろりと緑輝の方を睨みつける。いや、もしかしたら睨んでいるわけではなく、ただ単に目つきが悪いだけかもしれない。
「サックスの先輩から聞いたんです! 科学準備室の京子さんの噂!」
 緑輝の言葉に、香織が苦笑した。
「またあの子たち後輩をからかって遊んでたんやね」
「えー! 緑からかわれたんですか?」
「ふふ、そうみたいね」
 香織は笑みを零すと、それから京子の方へと手の先を向けた。
「この子は演劇部の副部長なの。衣装作りが得意やから、協力してもらってる」
「試作品やら何やらを作ってあげとんねん。お前ら一年は感謝しろよ!」
 そう言ってキメ顔を披露され、久美子は曖昧な笑みを浮かべた。
「は、はあ。ありがとうございます」
 その台詞に満足したのか、京子はフンと鼻を鳴らした。緑輝が感心したように手を打ち鳴らした。
「それにしても、衣装ってこうやって決めてるんですね」
「まあ、うちは予算も全然ないからね。元々ある衣装とか、あるいは安いところで衣装を買って、それを自分たちでアレンジしてる。毎年衣装をどうするかは三年生がこうやって何日も掛けて決めることになってるの」
「へえ、見ても良いですか?」
 そう嬉々として尋ねた緑輝の鼻先を、京子が指で弾く。
「あかん! こういうのは配るまでお楽しみなんや!」
 唇を尖らせる緑輝に、香織はくすくすと笑い声を漏らした。
「ほら、一年生はもう帰ろうな」
 その言葉に、葉月が緑輝の腕を肘でつつく。
「京子さんの謎も解明できたし、もうええやろ」
「うん、結局おばけはいなかったんやね。ちょっとがっかりだけど、でも謎が解けて満足したよー」
 好奇心が満たされたのか、緑輝はあっさりと頷いた。葉月と久美子は同時に胸をなでおろす。これでようやく家に帰れるようだ。久美子はほっとして京子へと笑いかけた。
「でも、さっきトイレのところにいた人って先輩だったんですね。一瞬お化けかと思ってドキドキしちゃいました」
 京子は怪訝そうな表情で、ぐりんと首を傾げてみせた。
「オレはここからずっと離れてねえぞ、なに言ってんだ?」
 久美子は思わず京子の方を凝視した。その脳内に、先ほど見掛けた光景が鮮明に蘇る。薄暗い廊下。窓から差し込む光。照らし出される足元――と、そこまで思い出したところで、久美子は自身の背筋がぞぞっと粟立つのを感じた。そうだ、あの少女の靴下は白だった。目の前の京子のそれとは全然違う。
「じゃ、じゃあ、あれは誰だったんでしょう」
「知らん。大体、今の時期にこんな夜遅くまで残ってるやつ、吹部しかおらんやろ」
「でも、衣装会議に参加してる三年生は全員ここにいるやんな。うーん、誰を見たんやろうね」
 京子と香織が不思議そうに首を傾げている。どうやら、冗談を言っている様子ではないようだ。そう久美子が考えていると、突然袖を引っ張られた。見ると、葉月が半泣きでこちらを見ている。
「ちょっと、変なこと言いださんといてよ」
「でも、見たんだもん」
「じゃあじゃあ! それが本物のお化けってことやんな!」
 突如元気よく宣言した緑輝に、皆の視線が集中する。彼女はかなり興奮した様子で、その拳を握り締めた。
「よーし、それじゃあ緑たちがそのお化けを見つけよう!」
「はー、またなんかアホなこと言い出した」
「緑、もう満足したんじゃなかったの?」
 その問い掛けに、緑輝は満面の笑みで答えてみせる。
「新しい謎が出てきたんもん、これは解明しなきゃ! 行くよ! 久美子ちゃん、葉月ちゃん」
 力強い台詞と共に、緑輝は勢いよく駆け出した。ちょっと待ってよ、と葉月は慌ててその後を追う。こうなった緑輝は、もう誰にも止められないのだ。呆気にとられている香織に、久美子は小さく会釈する。
「すみません、大騒ぎしちゃって」
 何が可笑しいのか、京子はゲラゲラと笑い声をあげた。
「いやあ、あすかといいあの子といい、吹部はなかなかの変人揃いやな。これは退屈せんわ」
 この人、自分も変人だって自覚あるのかな。そんなことを考えながらも、久美子は二人の後を追おうと足を一歩踏み出す。その背後で、香織がくすくすと笑いながら言った。
「ふふ、低音パートってほんとに楽しそうやね」
 その言葉に、久美子は一度足をとめ、彼女の方に振り返る。
「はい! 楽しいです!」
 香織は少し驚いたように目を見開き、それからふとその目を細めた。その桃色の唇から、本音混じりの呟きが漏れる。
「いいなあ、低音は」
 久美子は一度口を開き、けれど結局なにも言わないことにした。聞こえていないフリをするのが、一番だと思ったから。
「衣装、楽しみにしてろよ!」
 京子はそう言って、ニヤリと口端を持ち上げて見せる。その自信に溢れた表情を見ていたら、久美子は自身の中に何だかわくわくした感情が湧き上がってきたのを感じるのだった。
第3回「あの子には才能がある」久美子一年生の春のお話です。
 自分は天才なのだと思っていた。小学校でも中学校でも、通知表はいつだって5ばかりだった。府内屈指の進学校を受験したのも、自分の中では当然の選択だった。だって、他の子と違って自分には才能がある。部活をしていても成績優秀だし、学校の先生だってみんな受かると言ってくれていた。大丈夫。自分は絶対合格する。そう、根拠もなく思い込んでいた。だから、本命の高校に落ちた時にはひどく落ち込んだ。滑り止めの高校には合格したけど、それでもかなりショックだった。普通の子でも受かるような、大して賢くもない北宇治高校に行かなければならないだなんて。でも、それでも現実を受け入れるために、無理やり理屈をこねて自分を納得させた。この高校でトップになれば、そこそこ優秀な大学に行ける。ライバルもいないし、進学校に無理して通って落ちこぼれになるよりは良かった。そう、これは正しい選択だったのだ。悔し紛れに近い台詞を、何度も口の中で反芻した。
 そして高校に進学し、斎藤葵は本物の天才に出会ってしまった。
 ピロティーからは今日も疎らなサックスの音が聞こえてくる。正直うるさい。葵は開いていた参考書から一度視線を離し、それから窓の外へと視線を落とした。コンクリート製の水飲み場の近くでサックスパートの数人が練習をしている。紺色のセーラー服が風を受けてひらりと翻る。太陽の光を浴びて、楽器の表面がキラリと瞬いた。
「……あの子達、練習なんてしいひんタイプやったのに」
 無意識の内に独り言ちた言葉を、聞いている者はいなかった。放課後の教室に人影はなく、静寂を孕んだ空気はしっとりと重い。指先でページの端を弄りながら、葵は再び自身の参考書へと目を向ける。
 葵が入学した当初、北宇治高校吹奏楽部はあまり熱心な部活ではなかった。休みも多かったし、練習も本気でしている部員は少なかった。そんな部の空気を一変させたのが、あの滝という教師だった。今年からこの学校にやって来た彼は、みるみるうちに部活の空気を変えてしまった。
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 コンクール曲の練習だろう、外から流れてくる音楽は葵でも耳にしたことがあるものだった。イーストコーストの風景。サックスパートはどんな演奏をしているんだろう。誰がAのメンバーに出るのだろうか。そんな事を考えて、しかし葵はそこでハッと我に返った。自然と口元に苦々しい笑みが浮かぶ。部活を辞めてしまった自分には、なんの関係もない話じゃないか。なんで今更気にしているのだろう。肺に沈む重苦しい感情を吐き出そうと、葵は一度溜息を吐き出した。
 部活を熱心にやるということは素晴らしいことだと思う。全国大会出場が目標、それだって大いに結構だ。だけど、今年やらなくてもいいじゃないか。そうついつい思ってしまうのは、自分勝手すぎるだろうか。
 ただでさえ吹奏楽部は引退が遅い。府大会でも八月の前半、関西大会だと八月の後半。まして全国大会出場となると、引退時期は十月後半になってしまう。他の受験生たちが勉強している間に、部員たちはどんどんと差がつけられてしまう。
 みんな、なんにも分かってない。吹奏楽で大学には行けないのに。
 参考書を捲る。何度も解いた問題が、葵を待ち構えている。微分、積分、二次関数。チェックをつけて、自分なりに解説を書き込んで。馬鹿正直な自分は、こうしてコツコツと努力することしか出来ない。こんなに頑張っているのに。それでも、自分はあの子には勝てない。
「あれ、葵まだ残ってたんや」
 脳裏に思い描いた人物の声が、教室にやけに大きく響いた。驚いて、葵は咄嗟に顔を上げる。見ると、楽譜ファイルを抱えたあすかがこちらにひらりと手を振っていた。彼女と葵は同じクラスなのだ。
「どうしたん? 忘れ物?」
 平常心を装い、葵は小さく首を傾げてみせた。視線はあすかに固定したまま、素早く参考書を閉じる。あすかはその動作に一瞬だけ目を細め、それからその口端を釣り上げた。
「いやあ、筆箱忘れてさあ。慌てて取りに来たってわけ」
 そう言いながら、あすかはさりげない動きで葵の前の席に腰掛けた。予想外の動きに困惑しながらも、葵は何気なさを繕い尋ねる。
「部活、行かへんの?」
「行く行く」
 そう答えながらも、あすかは動こうとはしない。なんとはなしに気まずさを感じ、葵はついつい視線を下へと落とす。机の上に置かれた、ほっそりとした彼女の長い指。顔の輪郭を沿うように伸びる長い黒髪は艷やかで、彼女の白い肌によく映えた。まるでモデルみたいだ。初めてあすかを見たときも、葵はそんな感想を抱いた。入学式のとき、新入生代表として壇上に上がった彼女は、明らかに他の生徒とは異なっていた。もしもこの世界がテレビドラマだったとしたら、彼女は明らかに主役で、そして自分は生徒Cだ。いてもいなくても誰も気にならない、ただのモブ。選ばれし人間とはこういう人間のことを指すのだと、葵は痛感させられた。あすかは特別だ。間違いなく、自分とは違う。
「……部活、なんで辞めたん?」
 あすかがこちらを見る。闇色の瞳が、真っ直ぐに自分を捕らえる。そのあまりの美しさに、葵はいつもぞっとする。彼女はとても美しい。だからこそ、気味が悪い。まるで現実の人間ではないみたいで。
「まあ、受験やしね」
 そう言って、葵はぎこちない笑みを浮かべる。ふうん、とあすかは僅かに目を細めた。
「晴香が結構落ち込んでた」
「あの子、部長で色々大変やもんね。悪いことしたなとは思ってるよ」
「別に思わんでいいよ。葵は悪くないし」
 あすかはそう言って肩を竦めた。窓の外からは未だに下手くそなサックスの音が聞こえる。
「大体、晴香って何でもかんでも気にしすぎやねん。もっと肩の力抜けばええのにさ」
「まあ、部長やしね」
 そう相槌を打ちながらも、葵は心の中だけで反論する。晴香だって、もしも副部長があすかでなければもっとのびのびとやれていただろう。隣にいる人間があまりにも優秀すぎるから、晴香はつい自分を卑下してしまうのだ。
「あすかはさ、何で部長にならへんかったん?」
「そんなん普通に考えたら分かるやん。ほら、うちって部長の器やないしさ」
 茶化すような彼女の台詞に、葵は眉間に皺を寄せる。
「そんなわけないやんか。三年生会議の時も、みんなあすかが部長になるべきやって言ってた。あすかが部長で晴香が副部長やったら、全部うまいこといったんちゃうん。それやのになんで部長の役を晴香に押し付けたん?」
 彼女は頬杖をついたまま、小さく笑った。窓から差し込む光がその輪郭を照らし出す。無防備に晒された喉が、意思を示すように強く震えた。
「面倒やから」
「だってさ、部長とかめっちゃめんどいやんか。普通にやりたくないって」
 そう言って、あすかは葵の方を見た。葵は握っていたシャープペンシルを離すと、意味もなく拳を握ったり離したりを繰り返した。唇を噛み、葵は息と一緒に言葉を吐き出す。
「それ、ちょっと無責任ちゃう?」
「なんで?」
「だってさ、あすかには部長としての適正があんのに」
「適正があったら全部やらなあかんわけ?」
 彼女の表情は笑顔のままだったけれど、その声はいやに鋭かった。葵は思わず唾を呑み込む。
「そういうわけちゃうけど……」
 続く反論が見つからなくて、葵はそのまま口ごもった。沈黙が場を支配する。あすかはじっとこちらを見つめていたが、数秒の間の後、呆れたように溜息を吐いた。
「葵にはうちがどう見えてるか知らんけど、そんな凄い奴ちゃうで。買いかぶりすぎ」
「そんなことないでしょ」
「そんなことあるある」
 そう言って、あすかはくすりと笑みを零す。その指先が葵の参考書へと向けられた。
「勉強の方の調子はどうなん?」
 するりと話題を変えられ、葵は少し拍子抜けした。張り詰めていた緊張が、少しだけ解ける。
「まあまあって感じ。あすかは予備校行ってないんでしょ?」
「だって予備校って高いやんか。うちにそんな金ないし」
 冗談とも本気とも取れない台詞を吐き、あすかはケラケラと笑った。赤い眼鏡フレームがキラリと瞬く。
「私ずっと不思議に思っててんけど、なんであすかって北宇治に来たん?」
 あすかならもっといい学校行けたでしょ? その問いに、彼女はなんでもないように答える。
「普通に、ここが一番家に近かったから」
「理由って、それだけ?」
「うん、それだけ。大体、勉強なんてどこに高校に行ったってやること同じやし。それやったら家から近い方が通うの楽やん」
 彼女の考え方は合理的でシンプルだ。だからこそ、葵はいつも彼女に劣等感を覚えてしまう。自分はそんな風には割り切れない。もっと上に行きたい。じゃないと、周りに馬鹿にされるから。
「……あすかはいいよね」
「何が?」
「だって、頭いいし」
「はは、まあ確かに他人よりは成績はいいかもね。でも、葵だって優秀やんか。この前の模試、校内順位やと十位以内に入ってたし」
 でも、あすかは入学してからずっと一位やんか。込み上げてきた台詞を、なんとか喉元で押し込める。こんな事を言ったら、まるで自分があすかをライバル視しているみたいではないか。彼女にそう思われてしまうことが、葵はひどく恥ずかしかった。だって、あすかは全くこちらのことを気にしていないのだから。
「校内順位が良くても、合格判定が微妙やから」
「あと半年はあんねんからさ、そんなん気にせんでもええって。これからバリバリ勉強したらぐんぐん伸びるやろうし」
「……あすかは不安ちゃうの? 部活やりながら受験って」
 その問いに、あすかは仰々しい動きで腕を組んで見せた。うーん、とわざとらしく悩んでいるフリをする。
「勉強時間取れへんのは確かに厳しいけど、ま、うちなら大丈夫やろって感じ」
「でも、あすかが受けるとこってめちゃくちゃ頭いいやんか。他の子が一生懸命勉強してる時に自分だけ部活してるって、なんか焦らへん?」
「その程度の時間の差で、自分が他の奴らに負けるとは思わんから」
 ハッキリと言い放たれたその台詞に、葵はぐっと息を呑んだ。他の人間が同じ台詞を言ったならば、自分はソイツをきっと軽蔑するだろう。受験を舐めすぎだ。そう内心でせせら笑う。だけど、あすかは違う。彼女の言葉は真実であり、これが現実なのだ。あすかが多くの時間を部活に捧げようと、自分はきっと彼女に勝てない。だって、持って生まれたものが違う。あすかは天才なのだから。
「……ずるいよね」
 ぽつりと、本音が零れおちた。それは無意識の内に葵の喉を震わせ、情けない感情を相手に晒した。あすかが驚いたように目を見開く。
「ずるいって?」
「私も、あすかみたいに賢かったら良かったのに」
 あすかの長い指が、不意にこちらへと伸びてきた。何も塗られていない薄桃色の爪が一瞬だけ視界に入る。葵がびくりと身を震わすと、あすかは愉快げに喉を鳴らし、柔らかな動きで葵の髪に指を滑らせた。何だか甘い匂いがする。距離の近さに、脳味噌がクラクラした。彼女の赤い唇から、揶揄混じりの声が漏れる。
「それはないものねだりってやつ」
「あすかにないものなんてある?」
「いっぱいある。けど、隠すのが得意やねん」
 そう言って、あすかは立ち上がった。指が離れ、距離が開く。彼女は指先で眼鏡のフレームを軽く持ち上げると、それから笑った。
「そろそろ部活に戻るわ。パートリーダーがサボるとあかんし」
 彼女はそう言って、自身の机から細身のペンケースを取り出した。彼女はノートをとる時も赤ペンとシャープペンシルしか使わない。無駄なものを持ち歩かない主義らしい。
「あすか、」
 教室から出ていこうとする後ろ姿に、葵は思わず声を掛けていた。ん? と彼女がこちらを振り向く。その拍子に、長い黒髪がさらりと揺れた。肺の奥に溜め込んでいたもやもやとした感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「私、部活辞めて悪かったなってホントは思ってるの。晴香に迷惑掛けたのもそうやけど、コンクール前に三年生が抜けるなんてダメやって分かってた。でも、どうしても受験で受かりたくて――」
「大丈夫やって」
 まるで懺悔するみたいに捲し立てる葵の言葉を、あすかはあっさりと遮った。彼女はにこやかに微笑むと、無邪気に告げる。
「オーボエとかファゴットの子が辞めたんやったら困るけど、テナーサックスっていっぱいいるから。一人ぐらいいなくなっても全然問題ないよ」
 心臓が止まるかと思った。頭をガンと殴られたような衝撃。葵は息を呑み、それからあすかの方を見た。レンズ越しの彼女の瞳は、感情の読めない色をしていた。まるでなんでもないことのように、あすかは言う。
「やからさ、葵が気にする必要なんて全くないから。勉強、頑張ってな」
 うん。そう応えるしか、葵に選択肢は無かった。それじゃ。そう言って、あすかが軽やかな動きで教室を出て行く。足音が遠ざかり、静寂が狭い空間に広がった。葵は目の前の参考書を開き、だけど結局一問も解かずに再び閉じた。指が震えていた。瞼の裏がやけに熱い。
 自分は何て言ってもらいたかったんだろう。葵がいないとやっぱり無理だよ、戻って来て。そんな言葉を期待していたのだろうか。
「……馬鹿みたい」
 自分から部活を捨てたくせに、捨てられたように感じるなんて。葵は大きく息を吐き出すと、それから参考書を鞄に詰め込み始めた。今日はもう帰ろう。ここにいても、勉強出来る気がしない。
 筆箱を鞄に詰めながら、葵は窓の外へと視線を落とす。サックスを首から提げた少女達が、ピロティーから離れていくのが見えた。今から音楽室にでも向かうのだろうか。少し前までは、自分もあの中にいたのに。そんな女々しいことを考える自分が嫌になって、葵は意味もなく筆箱を鞄の奥へとぎゅうぎゅうに押し込めた。
 太陽は既に沈もうとしている。あれだけうるさかったサックスの音は、もう全く聞こえやしなかった。
第4回「少女漫画ごっこ」久美子一年生の夏のお話です。
「あー、いいなあ。壁ドンって」
「はあ?」
 昨日のドラマの話をしている内に、ふと思いついた言葉が口から漏れた。葉月が怪訝そうな顔でこちらを見る。緑輝は箸を動かすのを止めると、ふう、と小さく息を吐き出す。お弁当には中途半端に啄いたハンバーグがまだ残っていた。
 部活の休日練習のとき、緑輝達はいつも昼食をパート練習の教室で食べていた。教室の左端の方では梨子と夏紀が二人で食事をしており、その右端の方では卓也が他のパートの男子生徒と無言でお弁当を食べ進めている。パートリーダーのあすかはいつもトランペットパートの教室で香織と共に食事するため、この教室にはいなかった。
「葉月ちゃんも壁ドンいいなあって思わへん?」
 その問いかけに、彼女は不可解そうに首を捻る。
「そもそも壁ドンって憧れるようなもんちゃうくない? うるさくしてたら隣からどんどん叩かれるやつやろ?」
「そっちの壁ドンちゃうよー!」
 思わず叫んだ緑輝に、隣に座っていた久美子がくすくすと笑い声をあげた。彼女は菓子パンを一口サイズにちぎりながら、葉月へと視線を向ける。
「よく少女漫画に出てくる方の壁ドンのことだよね。男の子が女の子を壁際に追い詰めて、ドンって突くやつ」
「そうそう! 壁にドンするやつ」
 うんうんと勢いよく頷いた緑輝に、葉月はますます困惑した表情を浮かべた。
「いや、それ犯罪やん。そんなんされたら引くわー」
「引かないよー!」
「引くって。普通にドン引きやって」
「そんなことないってば!」
 力強く言い切った緑輝に、久美子がパンを咀嚼しながら苦笑した。彼女の今食べているクリームパンは、駅前のパン屋さんの看板商品だ。
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「そういえば、緑って少女漫画好きだよね」
「うん。めっちゃ好き」
 緑輝にとって、少女漫画は人生のバイブルである。小学校、中学校と私立の女子校に通っていた緑輝には、異性との出会いがさっぱりなかった。そんな時に友達と一緒によく読んでいたのが少女漫画なのだ。
「あんな風な生活を送ってみたいなあって、ずっと思っててん」
 緑輝は女子校でも友達が多い方だった。小学校でも中学校でも周りにいる人たちはみんな優しくて、学校に対して不満を抱いたことなんて一度もない。それなのにどうして緑輝がエスカレーター式の私立校から公立の北宇治高校へと進学したかというと、とある一作の映画がきっかけだった。少女漫画が原作のその映画は高校生の甘酸っぱい青春を描いたもので、当時女性の間で爆発的ヒットを記録した。緑輝も友人と一緒に三度は劇場へと足を運んだ。パンフレットも買ったし、DVDも買った。こんな風な学園生活を自分も送りたい! そう思った緑輝は、中学三年生の春に突如として外部へ進学することに決めたのだ。正直なところ、共学の学校ならどこでも良かったのだが、制服が可愛かったので北宇治高校に行くことにした。
「うちは少女漫画ってあんま好きちゃうねんなあ。小っ恥ずかしくなるし」
 葉月はそう言って肩を竦める。その台詞を聞いて、久美子が笑みを零した。
「確かに、葉月ってよく少年漫画読んでるもんね」
「やっぱな、燃える展開がいいわけよ。少女漫画ってなんかずっとぐだぐだやってるやんか」
「でもでも、めっちゃ面白いんやって。葉月ちゃんだって少女漫画読んだら絶対、こんな恋愛したいなあって思うよ」
「えー、ほんまかなあ」
「ほんとほんと!」
 緑輝は激しく首を縦に振る。
「葉月ちゃんも久美子ちゃんも想像してみてよ。自分の好きな男の子が壁ドンしてきたら、胸がキュンってするでしょ?」
 その言葉に、葉月は腕を組んで考え込んだ。うーん、と呻き声に近い声を漏らすと、彼女は眉間に微かな皺を寄せた。
「そもそも、壁ドンがよう分からんからうまく想像出来ひんわ」
「えー! じゃあじゃあ、久美子ちゃんは?」
 そう言って久美子の方を見れば、彼女は曖昧な微笑を浮かべた。柔らかな髪がふわりと揺れる。
「私も好きな人いないからあんまり分からないなぁ」
 その言葉を聞いて、緑輝は拳を固く握り締めた。お弁当箱を机へと乗せ、思わず立ち上がる。
「あかんよ二人とも!」
「何が?」
 キョトンとした顔でこちらを見る二人に、緑輝は高らかに告げる。
「女子高生たるもの、壁ドンの魅力ぐらい理解しなきゃ!」
 その台詞に、葉月があからさまに呆れた表情を浮かべる。コイツは何を言い出すんだ。そう言いたげな顔をしていた。
 緑輝はぎゅっと自身の拳を握り直すと、それから勢いよく振り返った。視界の中に、静かに食事を進める先輩達の姿が入る。緑輝は満面の笑みを浮かべ、梨子の方へと視線を向けた。
「ということで、梨子先輩! 後藤先輩! お手本見せてください!」
「えぇっ」
 思わず、といった具合に梨子が悲鳴を上げる。その反対側の席で、卓也が動揺を隠せない様子で咳き込んだ。
「うわー、半端ない無茶ぶりやな」
 梨子の隣でゼリーを食べていた夏紀が、ケラケラと愉快げな笑い声を上げる。梨子は顔を真っ赤にしたまま、ブンブンと首を横に振った。ふっくらとした頬が朱に染まっている。
「そんなん無理やって」
「ええやん、可愛い後輩の頼みやろ? やってやれば?」
 からかい混じりの夏紀に、梨子は恨めしそうな視線を送った。卓也の隣に座る二年生が、ニヤニヤした顔で彼の肩を肘でつついた。
「俺も見たいし、やってや」
 卓也は眉間に皺を寄せ、小さく首を横に振る。
「……嫌だ」
「ええやん、低音パートのベストカップルやねんからさ。ここらで一発かましてやりぃな」
 笑いを堪えるような夏紀の声は、いつもより少し高かった。完全にからかっているのだろう。緑輝は梨子の前に立つと、そのまま彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「先輩、お願いします!」
 ぺこりと頭を下げると、頭上からうーん、と悩む声が聞こえた。ややあって、梨子が溜め息混じりに呟く。
「まあ、そこまで緑ちゃんが言うなら……」
「やったー!」
 緑輝は思わず両手を振り上げた。その背後で、久美子と葉月が感心と呆れが入り混じったような表情を浮かべている。
 卓也と梨子が壁際に立ち、その周りを囲むように緑輝達は立ち並んだ。壁ドンとか引くわー、などと言っていた葉月も、興味津々な様子で二人の様子を窺っていた。緑輝は期待に目を輝かせながら、梨子の様子を見つめる。好きな人にこんな風にされるのって、一体どんな感じなのだろう!
「……じゃあ、やるから」
 卓也が神妙な面持ちで手を伸ばす。その右手が一瞬だけ梨子の髪に触れた。
「う、うん」
 梨子は緊張した面持ちで頷いた。卓也の腕が梨子の肩の上に突き出される。至近距離で見つめ合う二人に、周りは一瞬だけ息を呑んだ。緑輝は興奮で顔を赤くしながら、声を少し潜めて尋ねる。
「梨子先輩、あの、どんな感じですか?」
 その問いに、梨子は少し照れたように頬を掻いた。その頬はうっすらと蒸気しているけれど、予想よりはずっと普段通りの顔をしている。
「うーん……最初はドキッとしたけど、あんまりかなあ」
「えー!」
 期待していた反応ではなく、緑輝はガッカリした。心なしか、卓也もショックを受けているように見える。
「やっぱり漫画みたいに上手くいかんへんのかなあ」
 緑輝がそう呟いた直後、いきなり教室の扉が音を立てて開いた。皆の視線がそちらに向かう。そこに立っていたのは、お弁当箱を手に提げたあすかだった。彼女は至近距離で見つめ合っている梨子と卓也の姿を一瞥し、あらま、と小さく声を漏らした。
「いつの間にか低音パートの性が乱れてる! あかんで後藤、まだ昼間やねんから!」
 叫んだあすかの台詞に、卓也と梨子が一気に顔を赤くした。
「ち、違いますよ!」
 珍しく大声で叫ぶと、卓也は慌てた動きで梨子から離れた。あすかは大股でこちらへと近づいてくると、胡散臭げな視線を彼に送る。
「怪しいなあ、非常に怪しい」
 指の先端で眼鏡のフレームを押し上げ、あすかは僅かに目を細めた。緑輝は慌てて口を開いた。
「違うんですよ、先輩。緑が壁ドンが見たいってお願いしたんです!」
 その言葉に、あすかは不思議そうな顔で首を捻った。
「壁ドン? 近隣住民からクレームが来るときのやつ? なんでまたそんな変なもん見たいん?」
「そっちの壁ドンじゃなくて、少女漫画とかに出てくる方の」
「ふーん? ようわからんけどなんやおもろそうやね」
 あすかは弁当箱を机の上に置くと、それから考え込むように腕を組んだ。緑輝の視界の端の方で、久美子と葉月が何やら言いたげに顔を見合わせている。ややあって、あすかは勢いよく自身の両手を打ち鳴らした。
「よし! うちもやってみるわ。さっきの後藤みたいにしたら良いねんな?」
 そう言うなり、彼女は梨子の方へと腕を突き出した。あすかの整った横顔が、梨子の顔へと近付いていく。
「え、え、」
 梨子は狼狽えた様子で視線を彷徨わせ、茹でダコのように顔中を真っ赤にさせた。明らかに卓也の時とは反応が違う。
「あの、先輩、」
「……勘弁してください」
 そう言って顔を両手ですっかり覆ってしまった梨子に、あすかは一歩下がって距離を取った。力が抜けたのか、梨子はそのままへなへなと座り込む。耳まで赤くした目の前の後輩の顔を覗き込み、あすかは無邪気に尋ねた。
「で、どう? 梨子ちゃん。面白かった?」
 問いかけに、梨子からの返事はなかった。どうやら意識をどこかに飛ばしているようだ。完全に惚けている。
「……納得いかない」
 隣で卓也が憮然とした様子で呟いた。その肩を夏紀が茶化すように叩く。
「いやいや、アンタがあすか先輩に勝つとか無理やから」
「中川、うるさい」
 少し顔を赤くした卓也を、隣にいる友人が慰めている。あすかは興味深そうに梨子の様子を観察していたが、急に何かを閃いたようにポンと手を打ち鳴らした。
「これ、香織にやらせよう。優子ちゃんとかにやってもらったらめっちゃおもろいことになりそう」
「いやいやいや、そんなことしたら優子先輩喜びすぎて死にますよ」
 葉月は焦った様子で止めに入る。しかしそんな制止もあすかの耳にはこれっぽっちも入っていないようだった。
「練習開始までには戻ってくるわ」
 彼女はそう言って、随分と軽やかな足取りで再び教室を後にした。新しいおもちゃを見付けた子供みたいだ。
「……うーん、現実じゃあなかなか少女漫画みたいにはならないんだねえ」
 緑輝はしょんぼりと肩を落とすと、葉月と久美子の傍らへと並んだ。久美子はこちらを見下ろすと、そうだね、と少し寂しげに目を細めた。
「やっぱり、漫画と現実は違うよね」
「大体、少女漫画なんて美少女とイケメンがいちゃいちゃするだけやしな」
「もう、葉月ちゃんったら夢がないなー」
 不満を示すように、緑輝はぷっくりと頬を膨らました。葉月がからかうように、指先でその膨らみをつつく。
「でも、梨子先輩と卓也先輩みたいに、ああやって仲良く出来るのって素敵だと思うな」
 未だ固まっている梨子に、卓也が何やら話しかけている。そんな二人に視線を固定しながら、久美子が苦笑混じりに告げた。その表情があまりにも大人びていたものだから、緑輝は一瞬息が詰まった。何だか胸の奥がジリジリする。
「まあ確かに、あの二人はなんだかんだ言って付き合ってから長いわな」
 退屈そうにしていた夏紀が、葉月の肩に肘をついた。欠伸を噛み殺そうともせず、彼女は少し呆れた様子で肩を竦めた。
「正直なところ、一年がおらんとこではあいつら結構いちゃついてんねん。この前は相合傘して帰っとったしな」
「ほんまですか?」
 その一言で、緑輝のテンションは急上昇した。瞳が一気に輝き始める。
「やっぱり高校生って凄い! ほんまに少女漫画みたいなことやってるんですね!」
 だとすると、自分もあの映画みたいにいつか好きな人が出来るかもしれない。素敵な恋人と一緒に学校から帰って、部活の演奏会とかにも見に来てねって誘えちゃうかも! 一緒に自転車とか乗って、相手の背中に抱きついちゃったりして!
 膨らむ妄想に、緑輝はきゃーと両手で顔を覆った。
「緑、好きな人作るの頑張ります! 目指せカップルで自転車二人乗り!」
 そう高らかに拳を振り上げる緑輝の隣で、葉月が真顔で呟いた。
「いや、自転車の二人乗りは道路交通法違反やから」
第5回「好きな人の好きな人(前)」久美子一年生の夏のお話です。
 葉月は恋愛が苦手だ。恋とか愛とか、そういうチャラチャラしたものが好きじゃない。友人達は少女漫画だとか恋愛ドラマだとかそういうものが好きらしいけれど、少なくとも葉月はそれを好んで見ようとは思わない。家族と一緒に居間にいるときにそういうドラマが流れていると、何だか気恥ずかしくなってしまう。本屋で少女漫画を買うのも恥ずかしくて出来ない。勿論、自分のことを誰かが気にしているとは思わない。本屋の店員も、女子高生が少女漫画を買ったくらいで何かを思うはずもない。そんなことは分かっている。だが、恥ずかしいものは仕方ない。そういう性分なのだから。
「でもでも、好きな人が出来たらきっと幸せやろうなって思うけどなあ」
 緑輝がそう言って、いつものように無邪気に微笑む。
 学校からの帰り道。二人でのんびり駅へと向かいながら、葉月と緑輝はそんな話をしていた。緑輝は葉月とは対照的に、恋愛話が大好きだ。
「そんなん言っても、緑だって好きな人いたことないんやろ?」
「なーいーけーどー、でも、そういうもんやんか」
「そうなん?」
 胡散臭げな視線を送る葉月に、緑輝は拗ねたように唇を尖らせた。
「そうやって。漫画ではみんなそうやもん」
「漫画の世界だけやろ」
「そうかもしれんけどー、そう思いたくないっていうんが乙女心ってやつやんかー」
「ふうん、まあそういうもんなんか」
「そういうもんなんやって」
続きを読む
 力強く言い切られ、葉月は渋々納得することにした。緑輝はスクールバッグをぎゅっと抱きしめると、うっとりとした口調で言った。
「緑ね、中学の頃は女子校やったから。今みたいに普通に男の子と同じクラスにいるだけで、なんかちょっとドキドキしちゃう」
「えー、アンタ普通に馴染んでるやんか。隣の男子とかとも喋りまくってるし」
「普通に見えてるだけやって。ほんまはめっちゃ緊張してるの」
「うわ、リアクション薄っ!」
 こちらの反応が不満だったのか、緑輝は頬を膨らませる。葉月は苦笑しながら、足を一歩先へと進めた。緑輝は背が小さい。小さな歩幅で一生懸命こちらに並ぼうとするその姿は、小動物を連想させて何だか愛らしい。
「で、緑は好きな人出来そうなん? 話すだけでドキドキするんやろ?」
 葉月の問いに、緑輝考え込むようにバッグごと腕を組んだ。
「それがね、なーんかピンとこうへんねんなあ」
「なんやそれ」
 呆れた葉月に、緑輝は「だってー」と言い訳めいた言葉を発している。
「緑、実際どうなるかなんて全然わからへんねんもん。こういうのは多分、人生の先輩に聞いたほうがええよ! あすか先輩とか」
「えー、あの人が恋愛してるとことか想像出来ひん」
「というか、なんか色んな人をはべらせてそうやね」
 一体何を想像したのか、緑輝の顔がいきなり赤く茹で上がった。ころころと目まぐるしく表情が変わるため、彼女の顔は見ていて飽きない。葉月はククっと喉を鳴らし、緑輝の背中を軽く叩いた。
「緑もあすか先輩みたいなんを目指せば?」
「無理やって。だってなんか、あすか先輩ってあだるてぃーな感じするもん」
「確かに」
 あすかが時たま放つあの妖艶な空気は、葉月の苦手とするところだった。なんというか、蛇に睨まれた蛙のような気分になるのだ。とって食われそうというか、呑み込まれそうというか。
 そうやなくてね、と緑輝が言葉を続ける。
「もっとピュアな恋がしたいの。一緒にいるだけで心臓がぎゅーってなって、うっかり手が重なってドキッ! みたいな」
 そう夢見心地で語る緑輝に、葉月は呆れ顔で告げた。
「……アンタ、少女漫画の読みすぎなんちゃう?」
 ――そう、そんなことは少女漫画の世界の中だけなのだと、葉月はその瞬間まで思っていたのだ。
「加藤、それ一人やと重ない?」
 チューバ入りの楽器ケースを一人で抱え込んでいると、階段前で塚本に声を掛けられた。葉月は顔を上げ、声の主へと視線を送る。塚本秀一。彼は中学時代から吹奏楽部に所属しており、一年生ながらトロンボーンパートで活躍している。噂によると、かなり演奏が上手いらしい。
 サンフェスに向けての練習のため、部員達は皆中庭へと楽器を運ぶのに忙しかった。葉月自身は初心者のため本番で演奏はしないが、これからのことを考えて楽器を持って動く練習はやるらしかった。初心者は初心者だけでまとまって練習するからな、という二年生の指導係の言葉を思い出す。
 目の前の同級生は、先輩達に混じって練習するのだろう。久美子も、緑輝もそう。自分とは違って、どんどんと先へ進んでいく。
「いや、大丈夫やで。ゴロゴロついてるし」
 葉月はそう答えて、彼の申し入れを柔らかに拒絶した。チューバの楽器ケースの端にはキャリーバッグのように小さな車輪が付いている。平地を進むときは、ケースを傾けて動かすのだ。
「うちはいいから、他の人のとこ手伝ってやってよ」
「いやあ、それがもうほとんど運ぶもんなくてさ」
 それに、と塚本は平気な顔で言葉を続ける。
「階段じゃゴロゴロは使えへんやんか。持つよ」
 至極正論を告げられ、葉月は断る理由を失った。本当のことを言うと、葉月は人を頼るのが苦手だ。自分は他の女子よりも力があるし、頼るよりは頼られたい。そう常日頃から考えている葉月にとって、塚本の申し入れは何だか胸をざわつかせるものだった。
「じゃあ、下の方持ってくれる?」
「りょーかい」
 葉月の言葉に、塚本は素直に従った。楽器ケースを横にごろんと倒し、その両端を二人で持つ。正直なところ、塚本なら一人でも楽器を運ぶのは容易いだろう。しかし自身の楽器を完全に他人任せにするのは、葉月の気持ちが許さなかった。
「加藤って高校から吹部入ったんやろ? チューバってキツない?」
 階段を慎重に下りながら、塚本が尋ねてくる。
「最初はトランペットが良かってんけど、今は結構おもろいなって感じるようになったかな。塚本はずっとトロンボーン?」
「いや、中学時代はホルンやったから。トロンボーンは高校からやで」
「えっ、そうなん?」
 驚いて、葉月は思わず足を止めた。動きに釣られ、塚本もまた足を止める。
「高校からやのにめっちゃ上手いな。うち、久美子みたいにずっと同じ楽器やってたんやと思ってた」
「昔からトロンボーンやりたくってさ。俺、ジャズトロンボーン好きやから」
 そう言って人懐っこい笑みを浮かべる塚本に、葉月の心臓がギクリと跳ねた。何故だか急に暑くなってきた。火照る頬を隠そうと、葉月は何気なさを装って楽器ケースを凝視する。
 あ、こんなところに傷が出来てる。どっかにぶつけたんかな。
「そこ、段差あるし気ぃつけや」
「あ、うん」
 塚本に言われ、葉月は慌てて辺りを見回す。その行動が可笑しかったのか、彼は口許に小さく笑みを浮かべた。
「ほい、お疲れ」
 ようやく階段を降り終わり、塚本は楽器ケースを立つようにして置いた。その拍子に、彼の指が微かに葉月の指へと重なった。皮膚と皮膚が接触する。その瞬間、葉月は反射的に手を引っ込めていた。全身の血が顔に集まっているような気がする。込み上げてきた羞恥心を振り切るように、葉月はわざと声を張り上げた。
「手伝ってくれてありがとな!」
 突如叫んだ葉月に、塚本は少し驚いたような表情を浮かべた。
「いや、別にこれぐらいどうってことないけど」
「めっちゃ助かった」
 なら良かった。そう言って、塚本はへらりと笑ってみせた。
「おーい、塚本。飯食おうぜ」
 廊下の端から男子部員がひらひらとこちらに手を振っている。彼は手を挙げることでそれに応えると、「それじゃ」とそのまま向こう側へと駆けて行ってしまった。
 小さくなる彼の後ろ姿が見えなくなるまで、葉月はそこに立ち尽くしていた。
 サンフェスも終わり、部活は本格的にコンクールを目標に見据えて活動を開始していた。A編成のメンバーをオーディションで決めると滝が言ったとき、教室はひどい騒ぎとなった。葉月は隅の方でそれを淡々と眺めていた。正直、Aのメンバーだとか全国だとか、自分には全く無関係な話だ。そういうのは上手い人が頑張ればいい。そんなことを考えていたものだから、葵が退部すると言い出したのには驚いた。葵といえばサックスパートではそこそこ人望のある人物で、演奏の技術も優れていた。
 この人、ほんまに部活辞めてしまうんやろうか。もったいない。
 そんなことを考えていると、出て行った葵を追って、部長と久美子まで教室を後にしたものだから驚いた。久美子ってば、一体なにやってるんや。そう心の中で呟いたつもりだったのだが、どうやら声に出ていたらしい。緑輝がこちらを見て首を捻った。
 残された部員達は、互いに顔を見合わせて動揺を隠せないでいる。ざわざわと揺れた音楽室内の空気を一変させたのは、やはり副部長のあすかだった。彼女は音楽室の正面に立つと、軽く両手を打ち合わせた。それだけで、教室が一気に静まり返る。皆の視線があすかの方へと向けられた。その様子を、滝が感心したように眺めている。
「はーい、集中集中。みんな気になるのはわかるけど、とりあえず今日はこれで解散な。一年の教室で保護者向けの学校説明会してはるから、今日は音出し禁止やで。明日からはオーディションに向けてばっちり練習するようにしてな」
 三年生達の中には不満を持つ者も多いだろうに、それでも皆がしっかりと返事をした。最初の頃の態度とは大違いだ。葉月は滝の方へと視線を送る。やはり、ここまで変わったのは顧問の力が大きいのだろうか。彼はあすかと何やら話し込むと、そのまま教室を後にした。その背中が少し急いているようにも見えて、葉月は首を傾げた。何か急用でもあるのだろうか。
 部長が戻らないまま、今日の部活動は解散となった。解散の指示を受けてもなお、音楽室はざわついている。あすかがそのまま教室を出て行ってしまったため、葉月はどうしていいか分からず緑輝の方を見た。彼女は考え込むように、うーんと首を捻っている。
「久美子ちゃん、葵先輩と仲良かったやんな。確か」
「ああ、そういやサンフェスの練習の時もなんか喋っとったな」
「そうやから追っかけて行ったんかなあ。戻ってくるまで待っといたほうがいいやろうか」
「いつ戻ってくるか分からんしなあ」
 時計を一瞥し、葉月は溜息を吐いた。もしかしたら込み入った話をしているのかもしれない。手紙でも残して帰るべきか、それとも待っておくべきか。
「あの子なら今日は別の子と帰るから、先帰っててもいいよ」
 唐突に会話に割り込まれ、葉月は面食らった。見ると、声を掛けてきたのはトランペットパートの高坂麗奈だった。入学式では新入生代表として壇上に立っており、楽器もプロ級に上手い、完璧美少女だという噂だ。
「あの子って、久美子ちゃんのこと?」
 緑輝の問いに、麗奈が頷く。彼女は僅かに目を細めると、音楽室の入口へと視線を向けた。狭い扉は、帰宅する部員達で混雑している。その中には談笑している塚本の姿もあった。
「そ。先約があるらしいから」
「そうやったんやあ。ありがとう、高坂さん」
 緑輝がにっこりと屈託のない笑みを浮かべる。麗奈はつんとした表情のまま、別に、とだけ言った。長い黒髪がさらりと揺れる。彼女は表情ひとつ変えず、そのまま二人の元を立ち去った。歩き方一つにしても、何だか威圧感がある。
「高坂さんっていい人やねえ!」
 隣にいた緑輝が無邪気に言葉を発する。そうかあ? と葉月は何だか毒づきたくなった。
「なんかおっかないやんか」
「そんなことないって。絶対いい子やと思う。久美子ちゃんの友達なんやし」
「あぁ、まあ、うん。そうかもな」
 真っ直ぐな瞳で見つめられ、葉月は内心で舌打ちしたくなった。緑輝といると、時折自身の狭量さを突きつけられているかのように感じる。
「じゃ、今日はひとまず帰ろうっか。久美子ちゃんには明日はなし聞こ」
 そう言って、緑輝が葉月の腕を取る。それに引きずられるようにして、葉月は音楽室を後にした。
 通学路を歩いていると、急に緑輝が駅前のベンチへと駆け寄っていった。彼女は木製のベンチに座り込むと、ぐっと大きく伸びをする。紺色のスカートから、ほっそりとした太腿が僅かに覗いている。
「ちょっと喋ってから帰ろーよ」
「いいやんかー。早く帰っても退屈なんやもん」
 そう言って、緑輝はぶらぶらと足を揺らす。仕方なく、葉月もまたその隣へと腰掛けた。緑色の電車が颯爽とホームへ滑り込んでいく。それをぼんやりと眺めながら、葉月はバッグからペットボトルを取り出した。今日の朝、わざわざ麦茶を詰めてきたのだ。
「ねえ、葉月ちゃん」
 お茶を飲んでいると、妙に真面目な顔をした緑輝がこちらを覗き込んでくる。口が塞がっているため、葉月は視線だけで返事する。彼女は一瞬ためらうように口を噤み、それから意を決したように尋ねた。
「葉月ちゃん、好きな人出来たよね?」
 その台詞に、葉月は思わず咳き込んだ。ペットボトルが手の中で狼狽えたように揺れている。葉月は大きく深呼吸することでなんとか咳を抑えると、それからゆっくりと緑輝へと尋ねた。
「なんなん、いきなり」
 彼女は少し興奮している様子だった。頬がほんのり赤らんでいる。
「だって、葉月ちゃん変わったもん。鏡で前髪とか気にするようになったし」
「そんなん前からやし」
「ヘアピンとかも可愛くなってるし」
「たまたま買い物に行ったときに買っただけやし」
「しょっちゅう六組の前通ってるし」
「そ、それは……ほら、六組の子に用事があるからってだけやし」
 我ながら苦しい言い訳だった。緑輝があからさまに胡散臭そうにこちらを見ている。
「その友達ってだあれ?」
「あー、いやあー、えっとー……」
 言葉を詰まらせた葉月に、緑輝が呆れたように溜息を吐いた。
「もう、嘘つくならもっと上手にやらなあかんよ」
 その言葉に、葉月は唇を尖らせる。
「そんなん、緑輝が意地悪するからやで。見逃してくれてもええのに」
「あー! サファイアって言ったー! あかんって言ってるのに」
「別に、名前で呼んだだけやんか」
「うっそだー、今の嫌がらせでしょ!」
 緑輝はそう言って、ぶんぶんと足を揺らした。爛々と輝くその瞳からは、強い好奇心を感じる。これはどうやら、誤魔化されてはくれないみたいだ。葉月は観念したように息を吐くと、それから緑輝の方に向き合った。
「好きかどうかは分からんけど、でも、まあ、気になる人ならいる」
「えー、うっそ! 誰?」
「えっ、それも言わなあかんの?」
「勿論!」
 何だか顔から火が出そうだ。こんな話題、さっさと終わらせてしまいたい。思わず目を逸した葉月に、緑輝がニンマリと楽しげな笑みを浮かべる。
「珍しいなー、葉月ちゃんが照れるやなんて」
「照れてへんわ、あほか」
「あほちゃうもーん。あ、待って。自分で推理してみるから」
「推理って……」
 何だか完全に遊ばれているような気もする。緑輝はうんうんと考え込むと、それからひどく真剣な顔で言った。
「もしかして、後藤先輩とか」
「そんなわけないやん」
「えー、じゃあ、西岡くん」
「誰やねんソイツ」
「葉月ちゃん知らないの? 二組の図書委員だよ」
「いや、マジで知らんわ。むしろなんでソイツやと思ったん?」
「そうやったら面白いから!」
 あまりにも無邪気にそう告げられ、葉月は返す言葉を失った。そもそも恋愛に関する話で、緑輝に冷静な対応を求める方が間違っているのかもしれない。冷やかされそうだし、相手はしっかり隠しておこう。そう葉月は心の中で決意している隣で、緑輝が「あ、」と短い声を漏らした。
「あれ、久美子ちゃんや。葵先輩との話は終わったんかな」
 その言葉に、葉月もまた顔を上げる。そこにあったのは、何やら楽しそうげに会話をしている久美子と塚本の姿だった。二人はこちらには全く気付いていない様子で、駅のホームへと向かっていく。
「先客って塚本くんのことやったんやね」
 緑輝が驚いたように言った。
「あの二人、付き合ってるんかなあ。久美子ちゃんってばひどい、全然そんな話してくれへんかったのに」
「それにしても、塚本くんって背ぇ高いやんなあ。前はそこまで高くなかった気もするけど、伸びてるんかな」
「トロンボーンかあ。緑も一回吹くタイプの楽器やってみたいなあ」
「ちょっとー、葉月ちゃん?」
 ぺちぺちと緑輝に頬を叩かれ、葉月はそこで我に返った。駅から視線を無理やり引き剥がし、なんとか目の前の少女の方を向く。
「あ、ごめん。聞いてへんかった」
「えー!」
 緑輝は呆れたように溜息を吐き、それから何かを閃いたかのようにいきなり自身の口を手で塞いだ。元々大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。突然の行動に、葉月は驚いて一瞬だけ身を引いた。
「葉月ちゃん、」
 緑輝は飛びつくように葉月の肩へと手を置くと、それからゴクリと唾を呑み込んだ。いつもとは違う友人の様子に、葉月もまた緊張で息を呑む。緑輝は葉月の瞳をじっと見つめたまま、静かな声で尋ねた。
「もしかして、葉月ちゃんの気になる人って……塚本くんなん?」
 その言葉に、葉月は身を硬くした。返事はしていないものの、その反応が答えだった。
緑輝は一度駅へと視線を送ると、それから大きく息を吐いた。なんともいたたまれない顔をして、彼女は歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
「あー、そうやったんかあ。うん、それは、その、うん。そっか……」
「そういう反応止めてや。うちだって今の今まで久美子が塚本と仲良いとか知らんかってんから」
「そ、そうやんなあ」
 先ほどまでのテンションはどこへやら、緑輝は妙に大人しくなってこちらを労わるような表情を浮かべている。先ほどの二人の姿を瞼の裏に思い返し、葉月は大きく溜息を吐いた。あの二人、何だかすごく親密そうだった。少なくとも、ただの友人だとは思えない。
 あからさまに落ち込んだこちらの反応を見てか、緑輝が唐突に拳を握る。彼女は勢いよく立ち上がると、葉月の方へ叫んだ。
「あかんよ葉月ちゃん! 落ち込むのはまだ早い」
「早いとか言うけどさー、でもさー」
 思わず愚痴っぽくなってしまった葉月に、緑輝はブンブンと首を横に振った。茶色を帯びた髪がふわふわと揺れ動いている。
「パート練習のときに、久美子ちゃんに聞いてみよ! ほら、めっちゃ仲いい友達なだけかもしれへんしさ」
 そう言って、緑輝は葉月の手をギュッと握り締めた。葉月は俯きながらも、その手を握り返す。
「あー、まあ、そうやな。たまたま二人で帰ってただけかもしれへんし」
 そうは言いながらも、葉月の心の中では疑念がひょっこりと顔を出す。一緒に帰る約束をするような仲なのに、ただの友達なんてことはありえるのだろうか。それに、もし二人が付き合っていなかったとして、久美子も塚本を好きだったとしたらどうしよう。そうなった場合、
「これが三角関係ってやつかあ」
 こちらの思考を読み取ったように、緑輝がしみじみと呟く。その声はひどく落ち着いたものだったけれど、ほんの少しだけ好奇心が入り混じっているような気がした。
第6回「好きな人の好きな人(後)」久美子一年生の夏、第5回の続きのお話です。
 チューバという楽器を見つめてみる。開口部は非常に大きく、朝顔のような形をしている。金色の表面に、複雑になされた管の配置。ピストンを押す感触は他の楽器よりもズシリと重い。ベルから吐き出される音は低く、時折周りの物がビリリと震える。ソロやメロディーなどほとんどなく、全く目立たない。
「やけど、絶対に必要な楽器やで」
 そう言って、あすかがこちらに楽譜を手渡す。入部してすぐの頃、あすかはこうして直々に初心者用の楽譜を葉月へと手渡してくれていた。ヘ音記号が記された一枚の紙を、葉月は恐る恐る受け取る。セーラー服の袖口からあすかのほっそりとした手首が覗いた。
「そうなんですか?」
 初心者である葉月に、あすかは色々なことを教えてくれる。彼女の長い黒髪が肩からするりと流れるのをぼんやりと眺めながら、葉月は無意識の内に楽譜の端を握りこんだ。
「普段葉月ちゃんが意識してないだけで、いろんな曲でチューバは活躍してるよ。よくよく聞いてみ」
「ほんまですか?」
「ホンマホンマ」
 あすかはそう言って目を細めた。その長い指が、紙面をするりと撫でる。
「トランペットとかトロンボーンとか、確かに目立つ楽器は活躍が分かりやすい。やけど、楽器って自分が目立つために吹くわけやないからね」
「じゃあ、何のために吹くんですか」
 葉月の問いに、パートリーダーは軽い調子で答える。
「そりゃあ、音楽を作るためやろ」
 その言葉に、葉月は首を傾げた。彼女の言っている意味が、理解出来なかったのだ。
「音楽を作る? どういう意味です」
 あすかは笑った。
「別に、そのまんまの意味やで。いろんな奴がいろんな楽器使っていろんなフレーズを演奏して、そうやって一つの音楽が出来る。それってめっちゃおもろいと思わん? 楽器を吹くっていうのは、その大きなまとまりを構成する小さな歯車になるってことやとうちは勝手に思ってるけどね」
「歯車……」
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 その言葉に、葉月

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